今年5月、アメリカの国家安全保障会議(NSC)からホワイトハウスに招かれたという政治学者のグレアム・アリソン教授。ハーバード大学ケネディ行政大学院の初代学長であり、政治学の名著『決定の本質』(日経BP社)の著者としても知られています。教授がNSCに依頼されたのは、新旧大国を衝突させる力学「トゥキディデスの罠」をめぐる分析の解説でした。その場で語られたであろう内容は、過去500年において、その“罠”にはまりかけた事例16件の背景と(うち戦争を免れたのは、わずか4件!)、現代の米中関係への指針。それを1冊にまとめたアリソン教授の新刊『米中戦争前夜』邦訳版の11/1刊行を記念して、本連載では、内容の一部や関連するコラムをご紹介していきます。今回は、訳者・藤原朝子さんから翻訳を終えて寄せていただいたコラムをお届けします。
アメリカのドナルド・トランプ大統領は、読書が嫌いらしい。
読書どころか報告書の類を読むのも苦手で、官僚たちは写真や図表をできるだけ入れて、文章にトランプの名前を散りばめ、なんとか大統領に目を通してもらおうと必死だという。また、トランプを取り巻く側近や閣僚は、能力や経験よりも、大統領への忠誠心を重視して選ばれた者が多いとされる。
ということは、トランプ政権は、ボスに忠実な政治の素人だらけなのか。異例の混乱続きの政権運営を見ると、どうしてもそんな不安を抱いてしまう。
そのホワイトハウスに今年5月、一人の高名な政治学者が招かれた。ハーバード大学ケネディ公共政策大学院のグレアム・アリソン教授だ。アリソン自身、クリントン政権で国防次官補を務めるなど、レーガンからオバマまで歴代政権の国防政策に関与してきたから、ホワイトハウスはなじみの場所だ。
米メディア・ポリティコによると、アリソンはアメリカの国防・外交政策を担う国家安全保障会議(NSC)から、「トゥキディデスの罠」について話をしてほしい、と依頼を受けてやってきた。
トゥキディデスの罠とは、新興国と覇権国の競争が構造的ストレスを生むと、通常ならやりすごせそうな事象をきっかけに破滅的な戦争がもたらされることをいう。古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが、ペロポネソス戦争を観察して、新興国(アテネ)のがむしゃらな拡大が、優位を失いたくない覇権国(スパルタ)の不安を招き、戦争を不可避にしたと指摘したことに由来する。